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数々の名曲を残した「レゲエの神」ボブ・マーリーが教えてくれたこと

      2015/06/16

現代の音楽業界で、ボブ・マーリーほど歌に魂を込めて表現している人は、どれくらいいるだろうか。ボブ・マーリーの音楽はどこか親しみやすく、リズミカル。自然あふれるジャマイカの空気をたっぷり吸い込んだようなゆったりとした空気が流れる。それだけではない。 歌詞の中にある強烈なメッセージ性のある言葉が今の時代においても決して色褪せない。

「レゲエの神様」として、今なおジャマイカのみならず世界中の人々に愛されているボブ・マーリーとはどういう人物だっただろうか。

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ボブ・マーリーとは

ボブ・マーリー(Bob Marley,1945-1981)

本名=ロバート・ネスタ・マーリー(Robert Nesta Marley)は、ジャマイカのセント・アン地区ナイン・マイルズ出身のレゲエミュージシャン。10才の時に父親が他界し、その後キングストン郊外のトレンチタウン(スラム街)に移り住む。ボブはそこでバニー・ウェイラーと出会い、音楽に専念するため早々に学校をドロップアウト。「レゲエの父」と称されるジョー・ヒッグスから音楽やラスタファリ思想について大いに学ぶ。

1962年にデビュー。翌年、ピーター・トッシュらとウェイラーズを結成。以後、ボブの音楽や思想は世界中の人々に影響を与え、「レゲエ」というひとつの音楽ジャンルを確立した伝説の人物。

スラム街から世界へ

キングストンのスラム街で過ごした少年時代。ボブ・マーリーの生活は苦しく、ホームレスを経験した。1962年17才でデビューするも、当時レコードはまったく売れなかった。

翌年、同じキングストン出身のピーター・トッシュ、ジョー・ヒッグスらとウェイラーズを結成。「Simmer Down」をリリースし、ヒットチャート1位を獲得。たちまちジャマイカで人気グループとなる。1972年名盤「Catch a Fire」を発売。この作品で世界進出を果たすとさらに大ヒットを記録。同年、アルバム「Burnin’」の「I Shot the Sheriff」をエリック・クラプトンがカバーする。レゲエの楽曲が新たにロック層のファンから支持を得る。

ボブは人種差別や権力に屈することなく、市民の代弁者として貫き、ジャマイカだけではなく世界の英雄となった。

ラスタファリ運動

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photo credit: Bob Marley via photopin (license)

ボブ・マーリーの音楽や生き方はラスタファリ運動の思想を大きく受けている。ラスタファリ運動とは、1930年代にジャマイカの労働者や農民を中心とした一種の宗教的な思想運動。

例えば、ドレッド・ヘヤーや大麻、ベジタリアンがラスタファリ運動の代表的な習慣とされている。この思想の実践者を「ラスタ」と呼び、ボブ・マーリーは音楽を通じてそれを世界中に広めた。

ボブと平和、そして音楽

「歌うだけで終わらない」のが偉大なアーティストの条件とすれば、ボブ・マーリーは少し行き過ぎていたのかもしれない。時代は1976年にさかのぼる。

当時ジャマイカ国内は政治的緊張が激化していた。そこでボブは、平和を取り戻そうとフリーライブ「スマイル・ジャマイカ・コンサート」を計画。これが原因でジャマイカの二大政党の抗争に巻きこまれ、ボブは狙撃されて重傷を負う。自身の身の危険を感じ、ジャマイカを離れバハマへ亡命。

それから2年の月日が流れた1978年、ボブはイギリスに居た。ジャマイカ国内はさらなる混乱状態が続いていた。ボブは再びジャマイカに戻り「ワンラブ・ピース・コンサート」に出演。ステージを観戦していた対立する二大政党の党首マイケル・マンリーとエドガード・シアガをステージ上に招き、互いに握手をさせて平和を唱えた。ボブはこの瞬間、歴史を変えたのだ。

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photo credit: Bob Marley via photopin (license)

彼はあの時、音楽で人を集め、人と人を結びつけた真の立役者だった。ジャマイカの人々はボブを愛し、必要としていた。彼しかこの状況を変えられなかったかもしれない。命の危機にさらされながらも、ボブはなぜジャマイカへ戻ってきたのか。

彼は後に、ドキュメンタリー映画「ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド」で当時の心境を自らこう語っている。

俺の命より他の人々の命が重要だ。
皆を救ってこそ俺はある。
自分のためだけの命なら俺は要らない。
俺の命は人々のためにある。

言葉が歌となり名言として残る

ボブ・マーリーの音楽はゆったりとしたメロディーの中に強いメッセージ性が含まれている。ボブは、幼いころ父親を亡くして以来、スラム街で少年時代を過ごした。決して恵まれた環境とはいえないなか、彼は音楽と出会う。

ボブは当時ジャマイカの貧しい人々に音楽で勇気と希望を与え、生涯平和を願った。その魂のこもったメッセージは今も強く心に響く。ボブの言葉は歌となり、名言としてこれからも人々の記憶に残り続けるだろう。

「Three Little Birds 」

Don’t worry about a thing,

‘Cause every little thing’s gonna be  alright.

Singing,”Don’t worry about a thing,

‘Cause every little thing’s gonna be alright.

何も心配いらないよ

少しずつ良くなるからさ

歌おう、何も心配いらないよ

少しずつ良くなっているからさ

「Positive Vibration」

Say you just can’t live that negative way.

You know what I mean.

Make way for the positive day.

Cause it’s a new day.

後ろ向きなやり方では、うまく生きてはいけない

俺の言ってることわかるか

前向きに進むんだよ

だって毎日が新しい日なんだから

 

ボブ・マーリーの名曲

legend

ボブ・マーリーの残した名曲はたくさんある。中でも「Is This Love」「No Woman,No Cry」「One Love」はボブの代表曲。

はじめて聴く人は、ボブのベストアルバム「LEGEND the best of BOB MARLEY &  the Wailers 」をおすすめします。

人生の辛い時や苦しい時、彼の音楽に耳を傾けてください。ボブ・マーリーの歌詞やメロディーが、きっとあなたの背中をそっと押してくれます。

>>Bob Marley(ボブ・マーリー) LEGEND the best of BOB MARLEY & the Wailers

Love the life you live, Live the life you love.

自分の生きる人生を愛せ。自分の愛する人生を生きろ。

—Bob Marley—

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